2013年1月27日日曜日

安倍のミックスを経済学する その4

 ここで理論、というよりちょっと理屈っぽい話に移ります。
 安倍のミックスを喧伝する人々(エコノミストたち)が滅多に触れないことがあります。それは労働者の貨幣賃金と企業の利潤のことです。しかし、これは非常に重要であり、その理解なしに経済を正確に把握することはできません。
 ある年の国民全体の生産額と所得 Y は、賃金 W と利潤 R の合計です(Y=W+R)。
 また国民全体の生産量(産出量)を Q で示します。したがって、抽象的には価格 P は次の式で示されます。
  P=Y/Q=(W+R)/Q     (1)
 これはいつでも、どこでも成立する恒等式です。この式をじっと見てください。すると、物価水準が上がる時には、生産量の成長率を超えて所得が増えることが分かります。次にその所得は賃金と利潤からなるわけですから、物価水準が上昇するときは、賃金か利潤の少なくとも一方は上昇することを意味しています。この式では、何が原因で何が結果なのでしょうか? 価格が上昇するから賃金または利潤が増加するのでしょうか? それとも賃金または利潤が上昇するから、価格が上昇するのでしょうか? もちろん、上式は様々に変形することができ、次のようにもなります。
  W=PQーR           (2)
  R=PQーW           (3)
上式は賃金は、産出額から利潤を差し引いたものに等しいことを示します。これは当然です。ですから、生産量を増やしても、価格を引き上げても、利潤を減らしても賃金は増えます。あるいは下の式が示すように、生産量を増やしても、価格を引き上げても、賃金を減らしても利潤は増えます。いずれにせよ、価格が所得分配と密接に関係していることを示しています。
 「安倍のミックス」では、どちら上昇すると考えているのでしょうか? まだ私はテレビ等でこれに言及する人を(知人でもある、慶応大学の金子勝氏を除いて)見たことがありません。
 これがどちらでもよいと考える人は、まだ現実の経済問題をよく理解していない可能性があります。というのは、長期の出来事は個々の短期の出来事の集計ですから、物価が上昇するとき短期で何が生じるかが長期を左右することになるのです。
 さしあたり、所得分配はどうでもよいから、インフレーションが生じ、その結果、生産および所得が増加するのであるから、その時に所得分配に何が生じるかを考えればよいというのは、現実を無視した形式的な思考様式です。
 
 ここに示したように、現実世界の経済学を構築するためには、価格、所得分配、経済成長が全体としてどのような調整を経て変化するのかを理解しなければなりません。
 ここで、2つの志向を持った経済学が登場します。
 一つは、反労働者的・親供給側の傾向を持つ新古典派の理論であり、もう一つは、親労働者的・親需要側の傾向を持つポスト・ケインズ派・制度派の理論です。前者の経済学は、供給側を支持するために明示的に親企業的な要素を持ちます。これに対して後者の経済学は必ずしも反企業的という要素を持つというわけではありませんが、「合成の誤謬」の理論を通じて企業が反社会的な行動を取る危険性があることを強く示唆します。
 前者の理論は、「労働市場(均衡)論」、「物価版のフィリプス曲線」、自然失業率の理論、NAIRU(インフレーションを加速しない失業率)、供給側の経済学などの系論からなりますが、これについては本ブログでも言及したことがあるので、参考にしてください。
 また後者の理論は、「有効需要の原理」、「需要と供給の累積的な因果関係」、「賃金の2つの側面」(企業者にとっては費用、労働者にとっては所得)、「合成の誤謬」の系論などからなります。
 そこで次に、前者がいかに致命的な欠陥を持つか、また経済の実相を理解するために後者の理論が不可欠であるかを説明します。

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