2015年7月3日金曜日

藻谷浩介『金融緩和の罠』の所説とケインズ・ハロッドの議論

 今日は、私の講義(現代政治経済学)を聴講している学生を念頭におきながら、昔、ケインズとハロッドが問題とした「人口減少の経済的帰結」について、少し理論的な話をしておきたいと思います。

 ケインズの講演「人口減少の若干の経済的帰結」(1937年)
 ハロッド『動態経済学』(1947年)

 当時のハロッドとケインズの間でやり取りされた書簡を見ても、二人が人口の変化について関心を抱いていたことがわかります。
 当然でしょう。人口は、経済にとって最も重要な労働力(就業者人口)に密接に関係しているのですから。また人口(労働力)は、賃金所得の取得者であり、賃金からの消費は有効需要のうち最も大きな項目です。

 人口P → 労働力L → 賃金所得W → 賃金からの消費CL

 1)生産能力
 さて、人は労働することによってモノを生産しますが、そのとき労働手段(資本装備)を用います。ここでは、一人の労働者が一定期間(とりあえず一年)労働して生産することができるモノの量を労働生産性と呼びます。例えば一人の農夫が一年間労働して小麦10トンを生産することができれば、労働生産性は100トン/人・年となります。
 ただし、普通、一社会には多数の(数万種類ともいわれます)の商品があるので、社会全体の平均的な労働生産性を計測するとき、物理量(重量、体積)では計測できません。そこでやむを得ず、金額(value)で計測します。上の農夫の例では、小麦1トンの金額(より正しくは農夫の創り出した付加価値額)が10万円ならば、100トンは1000万円になります。

 ここで、ハロッドとドーマーという経済学者に登場してもらいます。
 この二人は、社会全体の生産能力Y*が資本装備の量(やはり金額で計測するしかありません)Kにだいたい比例することを発見しました。→ハロッド=ドーマー・モデル
 社会全体の生産能力というのは、社会全体の資本装備を適正に利用したとき、生産できる量(付加価値の金額)を意味します。
 つまり、ハロッド=ドーマー・モデルでは、次式が成立します。

    Y*=σ・K または Y*=K/C   (1)
 
 ここで、簡単のために、σ=0.3、またはC=3.3と仮定しておきます。(現実にもだいたいそれに近い値です。)
 すると、2000兆円の資本装備を持つ社会では、600兆円ほどの生産が可能となるでしょう。これはあくまで可能性です。
 さらに仮定を重ねます。σ、C の値が変化しないと想定します。(無理な想定ではありません。)すると、式(1)は、次の式が成立することを示します。

    ΔY*=σ・I   または ΔY*=I/C
 ここでΔは増加分を示す記号です。また I は資本装備の増加分です。ということは、純投資を示すといってもよいことになります(厳密に言うと、難しいのですが、ラフな議論にとどめておきます。純投資=粗投資ー減価償却費)
 式を変形して、C=I/ΔY*   1/σ=I/ΔY* とも記述できます。

 これは生産能力を1兆円増やすのに、3.3兆円の純投資が必要となることを意味します。

2)有効需要と実際の生産
 さて、ここで注意点ですが、潜在的な生産能力は必ず実現されるとは限りません。
 これは常識的な議論と一致します。
 もし潜在的な生産能力が必ず実現されるのであれば、景気が悪化することはないでしょう。もしあるとすれば、生産能力が停滞するか、低下するときだけということになります。
 
 実際には、景気が悪化するのは、資源(労働力を含む)や生産能力が適正に利用されずに、放置されるときです。
 これがどのような時かは、正常な判断力を持つならば、子供でも分かります。つまり、有効需要(貨幣支出の裏付けのある需要)が不足するときに、資源や生産能力が適正に利用されないことが生じることになります。
 実際、資本財の生産をする企業は、ほとんど注文生産によって行なっています。また消費財を生産する企業は、短期的には見込み生産を行ないますが、在庫の増減をみながら生産量を調整しています。つまり、ある程度以上の期間については、有効需要が実際の生産量を決めていることになります。

  実際の生産量Y  ← 有効需要Y
 (厳密には、有効需要と実際の生産量には差があり、それは在庫変動に等しい。)

 有効需要の構成は、次の通りです。
  Y=C+I+G+XーM  消費需要+投資需要+政府支出+輸出ー輸入
  Y=C+I  (政府と外国を捨象する場合)

3)中間のまとめ
  生産能力  Y*=K/C   ΔY*=I/C
  有効需要  Y=C+I  (簡単のために、政府と外国を捨象する)
 もう一つ、投資のためには、貯蓄Sの供給が必要であり、それは、次のように定義されます。
  貯蓄の定義 S=YーC
 (上の2式から、S=I という恒等式が導かれます。ただし、政府と外国を捨象。)
  ここで次の数値も定義しておきます。
   s=S/Y  貯蓄性向 (国民所得に対する貯蓄の割合)
   c=C/Y  消費性向 (国民所得に対する貯蓄の割合)

 普通、Y<Y*が成立し、その比Y/Y*を生産能力の利用率といいます。
 簡単に理解できると思いますが、利用率は、0と1の間にあり、好景気のとき高く、不景気のとき低くなります。
   0<(Y/Y*)<1
 例えば2009年のリーマンショックのあと、米国への輸出が激減し、製造業の生産量が大幅に低下し、利用率(稼働率)も低下しました。

 以上がケインズとハロッドの議論を理解するために必要な予備知識です。

 4)人口(=労働力)が定常化するか、減少する場合

 さて人口が静止状態になったり、減少する場合にどんな問題が生じるかを、ケインズとハロッドの議論に従って考えてみましょう。

 その前に、よくある議論を考えてみます。
 それは、人口(=労働力)が減るのだから、大変だ。経済を成長させ続けるには、一人あたりの生産量、つまり労働生産性を上げなければならないという議論です。
 この議論は、一見すると正しそうに見えますが、実はある問題をはらんでいます。
 仮にこの議論にそって、労働生産性を上げ続けるとします。具体的な数字のほうが分かりやすいでしょうから、例えば労働生産性が毎年3%成長すると仮定します。人口(労働力)は毎年1%ずつ減少すると仮定します。
 しかし、上記の説明から導かれるように、このことを実現するためには、社会全体の生産能力を毎年2%ずつ成長させる必要があります。
 つまり、ΔY*/Y*=0.02
 そしてそのためには、資本装備も毎年2%ずつ増加しなければなりません。
 つまり、I/K=0.02  または I=0.02×K

 さて、まず、これらの条件を満たすには、社会はどれほどの割合を貯蓄と投資にまわさなければならないでしょうか?
 上の説明から、だいたい K=Y*×3.3 ですから、
    I=0.02×Y*3.3=0.066×Y* 
 これは資本装備を正常に稼働させたときの生産高=所得高の6.6%を純貯蓄と純投資にまわさなければならないことを示します。(粗投資、粗貯蓄ではありません。)
 実際の所得額を基準とすれば、もっと高い比率(例えば8%など)になるでしょう。また粗貯蓄と粗投資に換算すれば、もっと高い比率(例えば16%など)になるでしょう。

5)続く(有効需要の要件)
 次に有効需要の条件を考えます。
 ここでも、考える順序として、まず次の式を見てください。
   Y=W+R  国民所得=賃金+利潤

 当然のことですが、生産能力だけ成長しても、実際の生産は増加しません。有効需要が増加しなければなりません。そして、それは国民所得の増加に比例します。ところが、上の式のように、国民所得は賃金と利潤の和です。
 ここでは、考えるための順序として賃金が総需要=国民所得に比例して増えると仮定します。
 これまでの説明から分かるように、経済が不況に陥らずに、順調に成長するためには、毎年2%の国民所得の成長があり、賃金もそれに応じて増えてゆく必要があります。もちろん、人口(労働力)が毎年1%ずつ減少するのですから、一人あたりの実質賃金は毎年3%の増加が必要となります。

 ここまで説明すれば、普通の理解力のある人なら次のことが容易に分かるはずです。
それは、生産能力の成長・拡大には、国民所得の増加、有効需要の増加が伴わなければならないという事実です。
 さもなければ、投資(という費用)にもかかわらず、消費需要(販売量!)が成長せず、企業は苦境に陥ることになります。このとき生産能力の利用率(稼働率)は、毎年低下してゆくでしょう。

 この説明に対して、労働生産性の成長に応じた賃金の引き上げは必ずしも必要ではないという人がいるかもしれません。たしかに、その通りです。
 しかし、その場合には、必然的に利潤が拡大することになります。それは所得格差を拡大することになるでしょう。
 しかも、賃金からの消費性向はかなり高いのに対して、利潤からの消費性向はかなり低くなります。したがって過小消費、あるいは過剰生産の問題が生じる危険性が高くなります。念のために付け加えますが、ここで過剰生産というのは、実際に企業が売れないモノを生産するという意味ではありません。生産能力の拡大のために実施した追加の投資費用を回収しなければならないので、以前と同じ利益を売るために、もっと生産量=販売量を増やさなければならなくなるという意味です。

 なるほど、個別産業または個別企業の観点から見ると、リストラを行なって賃金を圧縮することは、合理的な態度に思われるかもしれません。
 しかし、「合成の誤謬」が生じることを知らなければなりません。つまり、多くの産業や企業がリストラを行なった場合、総賃金顎→総需要が減少し、景気が悪化するという結果がもたらされます。
 ケインズが『一般理論』で指摘したように、論理的には次のことを区別する必要があります。
 ・社会全体の企業は、貨幣賃金を引き下げず、一企業または一産業だけが賃金と価格を引き下げる場合、前提条件(総需要=一定)は変わらないので、その企業は販売量を増やすことができるであろう。
 ・社会全体が貨幣賃金を引き下げた場合、前提条件(総需要=一定)自体が変化する。つまり「合成の誤謬」が成立する。

 とりあえず、生産能力だけでなく、有効需要がいかに決定的な役割を演じているか、理解することが必要です。

 さて、ここからが本論ですが、だいぶん長くなったので次回にまわします。

0 件のコメント:

コメントを投稿